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高松高等裁判所 昭和29年(ネ)440号 判決

控訴人

雑賀喜代一

被控訴人

岡部義雄

主文

原判決中控訴人に関する部分を次の通り変更する。

控訴人は被控訴人に対し金百八十四万六千円及びこれに対する昭和二十五年五月二十一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

本判決中被控訴人勝訴部分に限り被控訴人において金五十万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

(省略)

理由

原審証人門間通収の証言(第二回)により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二、当審における控訴本人の供述(第一、二回)により真正に成立したものと認められる乙第一号証の三、原審証人友沢靖文、同門間通収(第一、二回)、同中岡竹市、同白石稔、同広川静夫、原審並に当審証人島田重隆(原審は第一、二回)、同津田和夫、同赤羽克己の各証言、原審における被控訴本人の供述並に弁論の全趣旨を彼此綜合すれば、被控訴人は愛媛県郡中町(現在伊予市)において花鰹の製造を業とする者であるところ、昭和二十四年十一月二十二日頃訴外三共物産株式会社(以下単に三共物産と称す)松山営業所営業主任門間通収との間に、「喰わし粕」と称する干魚の削粕(肥料)一万貫を、代金貫当り二百円、買主は手附として金二十万円を売主に支払い、売主は残代金の支払と引換に現品を買主に引渡し目的物件の所有権は残代金の支払を受ける迄売主においてこれを留保する旨の約定で、右三共物産に売渡す旨の契約が成立したこと、他方その頃右門間通収は、和歌山県肥料商工業協同組合(以下単に訴外組合と称す)の代理人と称して和歌山より愛媛県に魚粕肥料等の買付に来ていた控訴人との間に、三共物産を代理して、被控訴人所有に係る前記「喰わし粕」一万貫を、代金貫当り二百二十円、手附は金二十万円として、残代金は和歌山港において現品荷揚と引換に授受し、郡中港より和歌山港迄の運賃は買主の負担とする約定で、訴外組合に売渡す旨の契約を締結したこと(以上の各売買契約はいずれも見本による取引であつて、契約当時売買の目的物件は特定されていなかつた)、控訴人は前記門間通収に対し右契約締結と同時に金三十万円を手交し(この三十万円は後に認定する如く訴外白石稔が立替えたもの)、右門間は右三十万円の中金十万円を前記売買取引の仲介をした訴外和田某外一名に手数料として交付し、残額金二十万円を被控訴人に対し手附として交付したこと、ここにおいて被控訴人は右門間の指示に基づき「喰わし粕」を直接訴外組合(三共物産は訴外組合を買主と信じていた)の所在地である和歌山市迄輸送することとなり、機帆船千恵丸を全部傭船し、同年十一月二十九日郡中港において「喰わし粕」七百十俵(正味九千二百三十貫、以下本件魚粕と称す)を同船に積込んだこと(右積込のための人夫賃等は三共物産において負担)、而して被控訴人としては未だ三共物産より残代金の支払を受けていなかつたため、本件魚粕が残代金の支払を受ける前に他人の手に渡ることを極力虞れ、かかることのないように店員の友沢靖文を被控訴人の代理人として右千恵丸に乗船させ、本件魚粕を依然被控訴人の支配下においたこと(但し送り状の名義は、前記のような事情のため門間通収が出荷主、訴外組合が受荷主となつていた)、かくて右千恵丸は本件魚粕を積載して同日郡中港を出航し、同年十二月一日和歌山港に到着したこと、然るところ同船に同乗して行つた前記友沢靖文が和歌山市の旅館に行つている間に、控訴人の指図で本件魚粕の陸揚が開始され、荷受人が前記の如く訴外組合名義となつていたため、訴外組合の名義で本件魚粕が和歌山機帆船運送株式会社の倉庫に寄託されたこと、一方控訴人は実際は訴外組合の代理人ではなく、本件魚粕を三共物産より買受けてこれを訴外組合に転売せんとしていたものであり、控訴人は同年十二月初頃訴外組合との間に本件魚粕を貫当り約百八十円で売渡す旨の契約を締結したこと、而して控訴人は未だ三共物生に対し代金全額を支払つて居らず、従つて三共物産より本件魚粕の引渡を受けて居らず、まして被控訴人より直接その引渡を受けたものでもないのに拘らず、前記の如く本件魚粕を一旦前記倉庫に保管させた上同月五日頃勝手にその一部を訴外組合に引渡したこと、然るところ訴外組合は本件魚粕には「ふぐ」の骨が多量に混入して居り、見本の品と相違していることを理由に、控訴人に対し貫当り百四十五円以上では買取れない旨代金減額方を申出たこと、そこで控訴人は門間(同人も当時和歌山に来ていた)に対し本件魚粕の代金減額方を申出たところ、門間は一応郡中町に帰り、被控訴人に対し折衝したが、被控訴人は代金減額を承諾せず改めて大番頭である訴外中岡竹市を現地に派遣することとなり、門間は右中岡と共に再び和歌山に赴いたこと、かくて門間及び被控訴人の代理人である右中岡竹市は控訴人との間に本件魚粕の代金額につき種々交渉を重ねたが、結局折合がつかず、同月十三日頃右門間は三共物産の代理人として控訴人との間の前示売買契約を合意解除するに至つたこと、ここにおいて門間及び中岡は控訴人に対し前記倉庫内の魚粕残品に手をつけぬように注意した上、大阪或は名古屋方面へ赴き、本件魚粕の買主を新に物色していたところ、控訴人は同月二十日頃迄の間に勝手に前記倉庫内の残品全部を訴外組合に引渡し、訴外組合においてはこれを粉砕の上処分し、結局本件魚粕全部を滅失させるに至つたこと、而して訴外組合はその頃控訴人に対し本件魚粕の代金として合計百五十万円位を支払つたが、三共物産は控訴人より残代金の支払を受けて居らず(この点については後記判断参照)、また被控訴人は三共物産より前記手附以外に代金の支払を受けていないこと並に被控訴人は本件魚粕を三共物産、控訴人、訴外組合のいずれに対しても未だ引渡を了していなかつたことを夫々肯認することができ、当審における控訴本人の供述(第一、二回)中右認定に牴触する部分は措信し難く、その他控訴人の提出援用に係る各証拠によるも未だ右認定を左右するに十分でない。而して叙上認定事実に徴すれば、本件魚粕の所有権は本件魚粕が和歌山港において陸揚され前記倉庫に保管されるに至つた後も依然被控訴人に属していたこと明らかであり、控訴人は本件魚粕を処分する何等の権限がないのに拘らず、被控訴人またはその代理人に無断でこれを訴外組合に引渡して、故意にまたは少くとも過失により被控訴人所有に係る本件魚粕九千二百三十貫を滅失させ、以て被控訴人の所有権を不法に侵害したものといわなければならない。

控訴人は、控訴人は訴外門間通収、白石稔及び広川静夫等より「喰わし粕」九千二百貫を、代金は一俵(十貫入)につき千九百円買主は前渡金として金三十万円を売主に交付し、残代金は現品が和歌山港に到着しこれを訴外組合へ納入した後遅滞なく支払う約定で買受けたものであり、その代金も右門間等に対し全額支払を了したものであつて、控訴人は被控訴人に対し何等の責任を負うべき筋合ではないと主張するところ、本件魚粕の売買は前叙認定の如く前記門間通収が三共物産の代理人として被控訴人より買受け、これを控訴人に転売(但し代金額、残代金支払時期等はさきに認定した通りであり、また門間は控訴人を訴外組合の代理人と信じていた)したものと認められるけれども、前記認定のような経緯により本件魚粕が和歌山に輸送され、和歌山機帆船運送株式会社の倉庫に保管されるに至つた当時においても、その所有権は依然被控訴人に属していたものであり、控訴人は本件魚粕につき所有権または処分権を有していなかつたものであることさきに認定した通りであるから、控訴人が勝手に本件魚粕を訴外組合に引渡してこれを滅失させるに至つたものである以上控訴人は所有権者たる被控訴人に対し不法行為に因る損害賠償責任を免れることができない。尚控訴人が前記門間通収等に対し本件魚粕の代金を支払つたと主張する点につき附言するに、(イ)乙第二号証の一には、訴外白石稔及び門間通収が昭和二十四年十二月六日控訴人より魚粉代金の内金として金五十五万円を領収した旨、(ロ)乙第二号証の二には、白石稔及び広川静夫が同月十二日控訴人より九千二百貫分の内金として金三十五万円を領収した旨、また(ハ)乙第二号証の三には門間通収が同月二十一日控訴人より金一万円を領収した旨夫々記載されているけれども、原審証人門間通収(第二回)、同白石稔、同広川静夫の各証言を綜合すれば、右(イ)の分は控訴人に対し白石稔が金三十万円(控訴人が前記の如く門間に対し支払つた分)、広川静夫が金二十五万円を夫々既に立替えていたためその支払に充当されたものであるが、控訴人が白石及び門間に対し訴外組合に対する関係で本件魚粕の内入金として右両名連名の領収証を書いて貰いたい旨要求したため、右両名が乙第二号証の一のような領収証を発行したものであること、(ロ)の分は白石稔が本件取引と関係なく控訴人及び訴外鈴木某より澱粉買付の手附として金三十五万円を受取つた際前同様控訴人の要求により本件魚粕代金の内金として受取つたような領収証を発行したものであること、また(ハ)の分は門間が控訴人の依頼により船荷の人夫賃を立替えていたため、控訴人よりその支払を受けた際の領収証であること、従つて前記(イ)(ロ)(ハ)の金員はいづれも控訴人が門間等に対し本件魚粕の代金として支払つたものでないことを窺うことができ、乙第二号証の一乃至三を以てしては控訴人が門間通収等に対し本件魚粕の代金を支払つた事実を認めることができない。また控訴本人は当審(第一、二回)において門間等に対し本件魚粕の代金を全部支払つた旨供述し、乙第三、四号証にも右と同趣旨の供述記載が見られるけれども、右供述及び右乙号証の記載内容は原審証人門間通収(第二回)、同白石稔、同広川静夫の各証言と対比して到底措信し難い。従つて控訴人の前記主張は採用できない。

控訴人は、仮に門間等が本件魚粕につき無権利者であつたとしても、控訴人は門間等との間の売買契約により、本件魚粕は門間等の所有に属するものと信じて、同人等より平穏公然にその引渡を受け、且つ何等過失がなかつたものであるから、控訴人は民法第百九十二条により本件魚粕の所有権を取得したものであると主張する。しかし控訴人が門間等より本件魚粕の引渡を受けた事実はこれを認めるに足る証拠がなく、却て控訴人は被控訴人がその代理人をして占有させていた本件魚粕の占有を不法に侵奪したものと認められることさきに認定した通りであるから、控訴人の右即時取得の主張は理由がない。尚控訴人は、被控訴人と門間との間において被控訴人は残代金の支払と引換に本件魚粕を買主に引渡す特約があつたとしても、かかる特約の存在は善意の第三者たる控訴人に対抗することができないと主張するけれども、控訴人と三共物産との間の売買契約においても、残代金は和歌山港において現品荷揚と引換に授受する約定であつたことはさきに認定した通りであり、控訴人は三共物産(門間)に対し残代金を支払わなければ本件魚粕の引渡を受けることができない関係にあつたものといわなければならない(然るに控訴人は三共物産に対し本件魚粕の代金を支払つていないことは前叙説示の通りである)。控訴人は右主張は首肯し難い。

尚控訴人は、昭和二十四年十一月二十九日郡中港において前記千恵丸に本件魚粕の積載を完了した時に売買の目的物件は特定されたから、この時において本件魚粕の所有権は買主たる控訴人に移転したものであると主張する。「喰わし粕」に関する被控訴人と三共物産との間の売買並に三共物産と控訴人との間の売買はいずれも見本による取引であつて売買契約成立当時売買の目的物件は特定されていなかつたこと前記認定の通りであるところ、控訴人主張の如く昭和二十四年十一月二十九日郡中港において前記千恵丸に本件魚粕の積載を完了した時に売買の目的物件は特定されたものということができるけれども、被控訴人と三共物産との間の売買契約においては、売主たる被控訴人は残代金の支払と引換に現品を買主に引渡し、目的物件の所有権は残代金の支払を受ける迄売主たる被控訴人においてこれを留保する旨の特約が存していたことさきに認定した通りであり、被控訴人は本件魚粕を千恵丸に積載した当時未だ残代金の支払を受けていなかつたことも前叙認定に徴し明らかであるから、本件魚粕の積載完了と同時にその所有権が被控訴人より三共物産または控訴人に移転したものと見ることはできない。従つて控訴人の前記主張は採用できない。

また控訴人は、本件魚粕が和歌山機帆船運送株式会社の倉庫に保管された以後は、本件魚粕の占有は訴外組合に移つたものであると主張するが、前記認定の如き経緯により本件魚粕の荷受人が訴外組合となつていたため、本件魚粕が荷受人たる訴外組合名義で前記倉庫に保管されるような形式になつたことが窺えるけれども被控訴人は本件魚粕を三共物産、控訴人、訴外組合のいずれにも引渡したものでないことさきに認定した通りであるから、本件魚粕が前記倉庫に保管された以後訴外組合がこれを占有するに至つたとの右主張も理由がない。

これを要するに、控訴人は本件魚粕につき未だこれを処分する権限を取得していないに拘らず、勝手にこれを訴外組合に引渡して本件魚粕に対する被控訴人の所有権を不法に侵害したものと断ぜざるを得ない。

そこで損害額の点につき考察するに、原審証人門間通収(第二回)同中岡竹市の各証言を綜合して、控訴人が前記の如く本件魚粕を処分した当時における本件魚粕の時価は貫当り金二百円と認めるのが相当であるから、控訴人は本件不法行為により被控訴人に対し一貫金二百円の割合により本件魚粕九千二百三十貫の時価合計百八十四万六千円の損害を蒙らせたものであつて、その賠償義務を有するといわなければならない。

然らば被控訴人の本訴請求中控訴人に対し右金百八十四万六千円及びこれに対する本件訴状送達の後であること記録上明らかな昭和二十五年五月二十一日以降完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから、これを認容すべきも、その余の部分は失当であるから(本件については商事法定利率を適用すべきでない)、これを棄却すべきものとする。仍て本訴請求を全部認容した原判決は一部これを変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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